嵯峨透 演題「羽球(Feder ball)」 こんにちは,皆さん。私を覚えていますか?昨年私はどんなに本が好きか,皆さんにお話ししました。今回私は,もう一つの夢中になっているバドミントンについて話したいと思います。 皆さんは,有名なバドミントン選手の名前を言えますか?多分言えないと思います。バドミントンはとても人気がありますが,ほとんどの人がそのことについて多くのことを知らないと思います。バドミントンがとても厳しいスポーツだと思ってもいません。でも,間違っています。体育館内は蒸し暑く,常にシャトルを追いかけて素早く動きの方向を変えなければなりません。バドミントンはとっても素早いスポーツです。私は3年間バドミントンをやってきたので,バドミントンが楽しいけれども簡単ではないということを話したいと思います。 どうして私がバドミントンを始めたのかお話しします。私の中学生活が始まったとき,私は先輩のプレイを見て,とても楽しそうに見えました。でも,バドミントンがどれだけ難しいのか知りませんでした。私が入部したとき,私は精神的にも肉体的にもとても弱かったです。私はみんなと一緒にトレーニングや筋トレを続けることはできませんでした。でも私はいつもチームメートに勇気づけられ,そのことについてはみんなに感謝しています。皆さんは次の言葉を知っていると思います。「みんなは一人のために,一人はみんなのために」。バドミントン部での経験で,この言葉の意味がとてもよく分かるようになりました。 私はバドミントンを始めたとき,全くの初心者でした。何人かの生徒はスポーツ少年団で技術を学んでいたので,彼らはとてもとても上手にプレイできました。彼らはどのように試合をすればいいのか知っていましたが,私はラケットの振り方さえ分かりませんでした。私は3年間追いつこうと練習しましたが,今もなお彼らは私より技術は上回っています。今,私はもっと早くバドミントンを始めていたらなあと思いました。なぜなら,今年私は東北大会に行って,たくさんの他の選手がどんなにか私より多くの経験を積んでいたかわかったからです。 私たちの学校のバドミントンチームはとても強くて秋田では最も強い学校の一つです。今年私のパートナーと私(ダブルスの試合)は秋田県大会で懸命にプレイしました。私のパートナーが(シャトルを打とうとして)ネットに詰め寄ったとき,私たちは20−21で負けていました。そのシャトルは彼の頭を越えて来たので,彼は飛び込みましたが届きませんでした。そして私も同じように飛び込みましたが(シャトルに)届きませんでした。私たちは準決勝で負け,私たちを負かしたチームは優勝しました。私たちは(ダブルスで)3位になったので,東北大会へ進出しました。私たちは山形へ行きましたが,とても暑かったです。体育館の中の気温はおよそ40℃ありました。私は2試合に出場しましたが,対戦相手は,私たちの能力をはるかに超えていました。彼らは簡単に勝利しました。それは私たちにとって課題でしたが,その経験を私は楽しみました。私は笑顔でバドミントンの3年間を終えました。 バドミントンをした3年間で,私は,チームメイトとともに,たくさんの幸せな思い出とよい機会を得ました。私たちは一緒に楽しんだし,分かち合えた時間は特別でした。バドミントンをしたことで私はまた強くなりました。昨年私はこの大会で3番目の成績でした。でも(今年も)この場所にやってきました。もちろん,私の(1位になる)決心をみなさんはご存知でしょうが。 私のバドミントンの経験はとてもよいものでした。でも,バドミントンが簡単なスポーツだなんて思わないでください。ドイツではバドミントンを「羽球(Feder ball)」と呼びます。それはシャトルが羽毛のように軽いからです。でも私はそれは世界で一番重いものだと思っています。 |